Shiraberu

ふと疑問に思ったことについて調べ、整理し、まとめます

「3単現の -s」とは何者か?

  主語が3人称単数で現在形の文章では、一般動詞の語尾に -s(あるいは -es)を付ける

いわゆる「3単現の -s」です。日本人にはなじみのない規則のため、よく付け忘れて減点される憎っくき文法の一つですね。(「一般動詞」は「be動詞」以外の全ての動詞)

もう少し細かく見ると、変化する元の動詞によって、次のとおり変化のバリエーションがあります。

  1. 動詞の原形の語尾に -s を付ける【基本】(例:You come. → He comes.)
  2. 動詞の語尾が「s(ss)、o、x、sh、ch」のいずれかであれば -es を付ける【変化1】(例:You go. → She goes./I dash. → Tom dashes.)
  3. 動詞の語尾が「子音+y」であれば、y を抜いて -ies を付ける【変化2】(例:They cry. → Lisa cries.)
  4. 動詞が「have」の時は「has」にする【変化3】(例:I have. → It has.)

英文法としては中学1年生で習うとても基本的なものですが、なぜそうなるのかということを教わった記憶はありません。考えるより慣れるしかないのでしょう。実際、会話中にいちいち「これは3人称単数現在形だから~」なんて考えていられませんし、そもそも文法を守ることより話すことが優先されてしまいます。

長く「そういうもんだ」で済ませていた3単現の -s のことが、最近になって急に気になりだしました。そのきっかけは、

この本の最後に「補足 Supplement」として、

一般動詞の現在形

・動詞の語尾に -s を付けた形となる。

・ただし、主語が I(私)、you(あなた、あなたたち)、複数のものである場合は、原形をそのまま現在形として用いる。

と書かれており、「あれ、3単現の -s って例外扱いじゃなかったの?」と、何か腑に落ちない感覚に陥ったことでした。

というのも、今まで動詞の原形イコール現在形で、例外的に3人称単数の主語の時だけ動詞が変化すると思っていました。しかしこの本の説明だと、むしろ -s がつくのが当たり前で、それ以外の時は例外的に原形をそのまま使うことになっていると言っているように見えます。

この本は英語が苦手な人向けに平易に書くように努めているようなので、「3人称」という日本人にはわかりにくい言葉を出さないために、わざとこのような書き方をしたのでしょうか。それとも -s が付くのを原則のように書くことで、日本人に多い付け忘れ防止を狙ったのでしょうか。いやいや、そんな単純な話ではなく、実はとても深い事情が隠れているのでしょうか。

調べていきたいと思います。

問題設定

  • 問1:なぜ3単現の文章では一般動詞に -s を付けるのか?
  • 問2:一般動詞の現在形は、「 -s 付き」と「原形」のどちらが例外なのか?

問1:なぜ3単現の文章では一般動詞に -s を付けるのか?

活用

主語の人称や時制(過去、現在、未来)によって動詞の語尾が変化するというルールは、英語だけでなく、ドイツ語やフランス語などにもあります。つまり、そのような変化は英語だけの特殊事情ではないと言えます。調べたところ、インド・ヨーロッパ語族(英語が属するゲルマン語派を含む言語系統)には、動詞が時制や主語の人称によって変化する「活用」という文法規則が存在しており、英語における3単現の -s も、この活用の一つの形であることがわかりました。

活用 - Wikipedia

古英語における活用

古英語(Wikipedia)アングロ・サクソン語)は、450年ごろから1150年ごろまでイングランドで使われていた言語で、現代英語の祖とされています。古英語はインド・ヨーロッパ語族に属しており、現在のドイツ語やフランス語といった他の同族言語と同様に、動詞の活用がありました。しかも、古英語における動詞の活用は現代英語よりかなり多く複雑であり、主語の人称の違いによるものだけでも、1人称単数形、2人称単数形、3人称単数形、複数形で別々に4種類の活用があったようです。(活用が起きる理由は人称の違い以外にも色々とあるようですが、3単現の -s の話題に集中するため、ここでは触れません。これ以降、活用は直説法現在形における人称の違いによるもののみを取り上げます。)

古英語の文法(Wikipedia)によれば、古英語の一般動詞の3単現の活用形を見てみると、

古英語の原形(カッコ内は対応する現代英語) 古英語の3人称単数形
steal(steal) stilð
hælan(heal) hælþ
secgan(say) segð, sagað

のように、母音の変化に違いはあるものの、3単現では語尾に「-ð」あるいは「-þ」を付加するというルールが共通して存在していたようです。

この「ð」や「þ」という記号、ご存知でしょうか?私の場合は「ð」は見覚えがありましたが「þ」は知りませんでした。でも「þ」と同様の音に「θ」があると言えばいかがでしょうか。

「発音記号だ!」とわかった方は鋭いですね。辞書を引けば出てきますが、これらは「th」の発音記号です。発音記号において、「ð」は「this」の「th」の音で、有声歯摩擦音と呼ばれています。一方、「þ(θ)」は「through」の「th」の音で、無声歯摩擦音と呼ばれています。いずれも、カタカナでは書きにくいですが「ズ」あるいは「ス」に近い音です。(ここでは「ð」と「þ」が明確に区別できるかのように書いていますが、実は古英語の頃から「ð」と「þ」は交換可能で、有声と無声のいずれの発音も表すことができたそうです。しかし、話が脱線し、混乱の原因にもなってしまうため、その点については省略します。)

さて、ここまで調べてきて、3単現の -s の裏にある事情が少し見えてきたような気がします。重要なポイントを一度整理してみましょう。

  • 英語には、昔から動詞が「活用」する仕組みがあり、1・2・3人称単数形複数形別々の活用形が存在していた。
  • そのうち3人称単数形では、語尾に「-ð」あるいは「-þ」、つまり現代でいうところの「-th」を付けるルールがあった。
  • しかし現代の英語では、1・2人称単数形と複数形の活用は無くなっており3人称単数形では「-s」を付けるルールがある。

これらの事実から、「3単現の -s」は、古英語が現代英語に移り変わるうちに、

  • 主語が3人称単数形以外の場合の活用が無くなった
  • 3単現の活用語尾「-th」が「-s」に変化した

という2つの変化が起こった結果ではないか、という仮説を立てることができます。

古典英語 現代英語
不定 stelan to steal
1単現 stele steal
2単現 stilst steal
3単現 stilð stilth? steals
複数 stelaþ steal

活用が無くなるということは、いかにもありそうです。日本語でも「ら抜き言葉」などがあるように、意味が通じるのであれば、言葉はより短くよりシンプルな形に変化しやすいからです。

「-th」が「-s」に変化したというのも推測に過ぎません。しかし、全く無関係のところから「-s」がやってきたというよりは、音の近い「-th」が変化したという方が説得力がありそうです。とりあえずこの推測が正しいと仮定してみて、英語の歴史におけるこれら2つの変化について、次のように追加で問を設定して更に調べていきたいと思います。(もしこの仮説が間違っていれば、調べる中で矛盾や別の説が見つかるはずと期待)

問1の枝問

  • 問1-1:なぜ3人称単数形以外の活用が無くなったのか
  • 問1-2:なぜ3単現の活用語尾「-th」が「-s」に変化したのか

問1-1:なぜ3人称単数形以外の活用が無くなったのか

スペイン語やドイツ語などでは、現代においても多くの活用が残っています。英語史を研究されている慶應義塾大学文学部の堀田隆一教授によれば、これらに対して英語では、『中英語期から初期近代英語期にかけて生じた言語変化によりほとんどの活用が消失してしまい』『その結果、偶然にも3単現の -s だけが例外的に生き残』った、つまり、『現在の3単現の -s は、いわば歴史の過程で生き残ってきた化石のようなもの』とされています。(詳しくは、下記サイト参照)

www.kenkyusha.co.jp

このサイトを読んで驚いたのは、英語にも様々な変種(方言のようなもの)があり、複数形で「-s」を付けて単数形で付けなかったり(例:We runs)、同じ主語でも付いたり付かなかったりと、テストの回答で書いたら減点間違いなしのバリエーションがあるということです。2(3)で紹介されているイースト・アングリア変種に至っては、なんと3単現の -s が存在しない!つまり、主語に関わらず、全ての一般動詞は原形のままで現在形になるということです。イースト・アングリア変種が標準英語になっていれば苦労しないのに……

それはさておき、なぜ『殆どの活用が消失』してしまったのでしょうか。

堀田教授の著書である

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史

  • 作者:堀田 隆一
  • 発売日: 2016/11/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

によると、3人称単数形以外の活用が無くなった背景には、

  1. 英語を含むゲルマン語派は最初の音節にアクセントを置く原則があった
  2. そのため、活用の変化が発生する語尾部分は相対的に弱い発音になりやすかった
  3. アクセントが置かれない音節は、水平化(音の区別が減り均一化すること)し、消失しやすい
  4. そのため、英語でもドイツ語でも、多少の違いはあれど活用は減少傾向にある
  5. とりわけ英語では、ドイツ語やオランダ語と比べて早い段階から、大規模に、屈折語尾の水平化と消失が起こった
  6. (そのため、英語では、語尾の変化で表していた内容を、語順や前置詞で表すようになった)

という文法上の大転換が、特に古英語から中英語にかけて発生したと解説されています。

つまり、「なぜ3人称単数形以外の活用が無くなったのか」という問の答えは、「もともと英語は、アクセントの置き方によって活用が消失しやすい宿命を抱えており、様々な活用消失パターンの変種が生まれる中で、3人称単数形の活用のみが生き残った変種がたまたま現代英語につながる標準英語になった」ということができるようです。

なお、英語で、ドイツ語やオランダ語に比べて早期に大転換が起こった理由については、連載 第12回 なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)で、また、数多く存在する英語の変種の中で、たまたま標準英語になった変種とは何なのかについては、#3214. 1410年代から30年代にかけての Chancery English の萌芽で、それぞれ解説されています。

言葉の変化と世界史上の出来事が絡み合って面白い!これはやべぇ沼だ…ズブズブ

興味は広がりますが、際限がないので次の問に進みましょう。

問1-2:なぜ3単現の活用語尾「-th」が「-s」に変化したのか

調べてみましたが、最初に回答を書くと「諸説ある」としか言いようがないようです。

#1857. 3単現の -''th'' → -''s'' の変化の原動力

によると、

  • (英国)北部方言では古英語より直説法現在の人称語尾として -es が用いられていたので、その影響を受けた
  • 当時の2人称単数形の活用 -es(t) の影響を受けた
  • be 動詞の活用形 is の影響を受けた
  • 音韻変化の影響を受けた

などが挙げられていますが、どれも決定的な説にはなっていないそうです。ただ、同サイトで紹介されている英文法学者Otto Jespersen(1860-1943)は、

  • s は、あらゆる種類の組み合わせでより簡単に発音できるため、þ(th)の代わりによく使われていた
  • 多くの言語で屈曲音の最も重要な要素として見出されている(頻出する)子音を調べてみると、t、d、n、s、rである

と論じていることから、

  • ラテン語のアルファベットが古英語に適用される中で、「þ」や「ð」に「th」が割り当てられた
  • 発音の観点から、þ は、より他の発音と組み合わせやすい s に置き換わることが多かった
  • そのため、3単現の活用である「-þ」や「-ð」は、アルファベット表記で「-th」に置き換えられた後、発音の変化に合わせて「-s」に変化した
  • 「-s」は比較的重要度の高い発音のため、水平化や消失を免れた

とも考えられるのかな、と感じました。

問1のまとめ

 なぜ3単現の文章では一般動詞に -s を付けるのか?

  • 英語を含むインド・ヨーロッパ語族には、動詞が人称や時制で変化する「活用」というルールがある
  • その中で英語を含むゲルマン語派には、語頭にアクセントを付ける原則があったため、活用が生じる語尾が水平化し、消失しやすかった
  • 数多く生まれた英語の変種の中で、3単現のみに活用が残ったものが、たまたま標準英語になり、現代英語の祖となった
  • 古英語では3単現の活用語尾は「-þ」や「-ð」であったが、ラテン語のアルファベットの適用によりこれらが「-th」に置き換えられた
  • その後、「-th」が発音的に前後とつなげやすい「-s」に変化した可能性があるが、これについては諸説ある

問2:一般動詞の現在形は、「-s 付き」と「原形」のどちらが例外なのか?

問1について色々と調べている間に、問2についても次のように考えられることがわかってきました。

  1. 歴史的に見れば、英語の動詞は活用するのが当たり前。原形のままで現在形になるのは例外。
  2. 現代英語だけを見れば、3人称単数形しか活用が無いのだから、3単現の -s を例外とするのが合理的。

一方が正則で他方が例外というわけではなく、どこに視点を置くかによって、いずれの説明も矛盾なく成立してしまうのです。

もう一度、英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史に戻ると、前者のように歴史的な流れで現代英語を眺める観点を「通時態」、後者のように現代英語のみを眺める観点は「共時態」と呼ぶそうです。両者の視点について、同書の30ページの一部を引用したいと思います。

共時的視点と通時的視点のどちらの説明が「より正しい」かは決められないし、そもそもそれは問うべきことではない。それぞれの観点からは等しく「正しい」のである。むしろ1つの現象を両方の視点から眺められることこそが重要であり、たまたま両方の解釈が相反するように見えるからこそ、驚きと発見が生じ、価値がある。縦と横の両視点をあわせることで、何気ない素朴な問題に新たな光が当たり、現象を奥深く、そして何よりもおもしろく理解できるようになる。この気づきこそが、英語史の醍醐味である。

やっぱり沼でした。ありがとうございます。

問2のまとめ

 一般動詞の現在形は、「-s 付き」と「原形」のどちらが例外なのか?

一般動詞の現在形は、歴史的に見れば、「原形」のまま活用しない1・2人称単数形と複数形が例外のように見える。しかし現代英語だけを見れば、3単現の「-s 付き」のみを例外として考えるのが合理的である。これらは相反するようであるが、いずれも正しく、どちらかが不正解というものではない。むしろ、どちらか一方ではなく両方の視点を持つことが重要である。

最後に

最初は単純に「3単現の -s」って何なのかという疑問を持ち、調べ始めましたが、思ったよりも壮大なテーマだったようで、調べれば調べるほど際限なく調査対象が広がりそうでした。ここでは3単現につながる話題のみにある程度絞りましたが、機会があれば、別の話題についてもまとめてみたいと思います。

疑問を持つきっかけになったマンガでカンタン! 中学英語は7日間でやり直せる。は、調べ終わってからもう一度読んでみると、(著者にそのような意図があったかどうかはさておき、)一般動詞は原則的に活用する(活用しないのは例外)という姿勢で書かれていることから、どちらかと言えば通時的に英語を眺めた、つまり歴史的に見た立場から書かれているように見えます。

もちろん、著者に必ずしもそのような視点や意図があったとは限りませんが、問2のまとめで書いたとおり、一見相反しているように見える解釈であるが、これはこれで正しい、という所に面白さがありました。

文中で引用させていただいた堀田教授の著書ですが、3単現の -s 以外にも、

  • なぜnameは「ナメ」ではなく「ネイム」と発音されるのか?
  • なぜa appleではなくan appleなのか?
  • なぜdebt、doubtには発音しない<b>があるのか?

など、「そういうもんだ」で済ませてしまっていた数々の英文法にスポットを当て、それらの理由をこれまで馴染みのなかった通時的視点で解き明かしながら、英語の歴史が解説されており、オススメです。

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史

英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史

  • 作者:堀田 隆一
  • 発売日: 2016/11/19
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